クガイソウ

高原を彩る主役
直立した茎に段になってつく輪生葉と,淡紫色の尾のように伸びた花序。クガイソウは夏の高原を彩る主役のひとつである。花序は多数の小花からなり,ひとつひとつが先の開いた筒のようになっている。そして,クガイソウは,一生の間に数億個の種子を生産するという。その繁殖様式を探る。
多田多恵子 東京大学理学部付属植物園客員研究員

クガイソウの生活史
受粉した花は結実し,さく果となる。足早に秋の深まる草原の中で,若いさく果の中の未熟な種子は昆虫にとって貴重なタンパク源なのであろう。奥日光の山中では,年によっては半数以上のさく果がヨトウガ類やシャクガ類の幼虫に穴を開けられてしまっていた。
9月の晴れた日、さく果は乾燥するとその先端が裂開して,枯れ茎が風に揺れるたびに,中の種子が振り出される。1つのさく果には数十の種子がつまっており,1本の花茎から数千,時には数万もの種子が散布される。種子は小さく,重さはけし粒の6分の1くらいである。
多年草としてのクガイソウの一生は種子に始まる。風に飛ばされた種子は発芽のチャンスを待つ。運良く光や水に恵まれて発芽した芽生えは,年々少しずつ生長し,最初は対生だった葉が輪生となり4から5輪生になった頃,開花に至る。うまく栽培すれば2年で開花するが,自然界では10年以上かかる。
クガイソウの越冬芽は前年の初夏にすでに形成されている。越冬芽が1つだけ大きく育ち,他は主芽が無事に生長した場合には伸長することのない予備の芽である。
株だちするのは2つ以上の越冬芽が同じ大きさに育った時である。一生の中では開花を始める時期と前後する。環境条件に恵まれれば年ごとに茎の数が増えて大きな株になる。株だちになると死亡率はぐっと下がるようで,約600個体の生死を7年間にわたって調べたところ,株だち個体で死亡したものはまったくなかった。一抱えに余るクガイソウの大株。1粒の種から生まれた小さな芽生えがこの大きさに育つまでには何十年もの歳月がかかったにちがいない。
