オオバナノエンレイソウ

開花まで10年

 五月下旬,北国の原野を旅すると,車窓からしばしば白い小柄な花が一面に咲いているのを見ることができる。この花を土地の人はアメフリボタンと呼んでいる。確かに霧が立ちこめる季節にボタンのように浮き出て咲いている姿は美しい。この花は正しくはオオバナノエンレイソウ(大花の延齢草)といって,ユリの仲間で根茎を持つ多年生草本である。この植物の生活史を追ってみよう。

福田一郎 東京女子大学理学部教授

伊藤政和 ナチュラリスト

オオバナノエンレイソウの花と受粉  

3月下旬,雪解けが始まると間もなく,枯れた去年の茎を押しのけるように,緑の葉に包まれた花芽が地上に顔を出してくる。これがゆっくりと生長してボタンのような花をつけるのである。途中で雪がきたり,氷点下になったために,せっかく出てきた花が黄色くいじけてしまうのもある。5月中旬から下旬,つぼみから開花に至る。学名のトリリウムは3の数からなるユリを意味するが,花びらが3枚,がくが3枚,雄しべが3の2倍の6本,子房は3室,柱頭は3つに分かれ,葉も3枚という構造からなり,端正で美しい。

開花するとヒメフンバエ,ホシツヤヒラタアブ,コシホソハバチ,ハマベバエなどの昆虫がやって来ているのを見かけるが,昆虫による異花受粉だけでなく同花受粉も行っている。花の時期はわずか1週間で,大急ぎで受精して実を結ぶ。受粉が完了すると,花柄が伸び始める。この実が7月から8月完熟してくると,その重さにたえかねてぽとりと地上に落ちる。完熟した実は甘酸っぱく,熊が好んで食べるという。そして地上に落ちた種子はアリがやってきて運んでゆく。10月には,地上部の個体はすっかり枯れてしまうが,地下部の根茎では次の年咲く花の準備を始めている。

前の記事

チゴユリNew!!

次の記事

ミズバショウNew!!