ハマダイコン

ダイコンとそっくり
ハマダイコンがかもしだす雰囲気は,正にダイコンそっくりである。だから,現在ハマダイコンは分類学的に栽培種であるダイコンの一変種であるとみなす見解がごく普通にとられているのである。ところが,ハマダイコンは,野生種のもつ性質をあますところなく備えている。果して,ハマダイコンは栽培ダイコンが野生化したものなのだろうか。ここでは可能なかぎり,その実像に迫ってみることにしたい。
河野昭一 京都大学理学部教授
2度もある発芽期のなぞ
どんな植物でもその一生の姿を正確にとらえることはなかなかむずかしい。分散した種子からの発芽のタイミングがいつになるのか? 小さな芽生えはどんな形をしているか? 多年草の場合,地上部からその姿を消した休眠期には地中深く埋もれて,いったいどんな暮らし方をしているのだろうか? これらのなぞときは並たいていではない。
ハマダイコンの種子の発芽は,11月から12月上旬にかけて始まる。子葉には特徴があるので,野外で見てもすぐわかる。1cm程度の軍扇状の2枚の子葉には,はっきりとした脈があり,先端中央部はややくぼんでいる。子葉の色も,栽培種のもつ淡い,やわらかい緑とは異なって,黒々とした濃い緑で野生の姿をあますところなく現し,いかにも逞しい。
やがて12月下旬までには3~4枚の倒卵長だ円形の本葉を出し,越冬する。この頃には,2枚の子葉はもうすっかり黄化し,消えている。日本海沿岸の地方ではこの季節にはしばしば降雪に見舞われるが,展開が進んだ本葉はぶ厚く,硬い深緑色をして,少々の雪ぐらいではへこたれそうもない。
やがて春3月,越冬していたハマダイコンの根出葉は,みるみるその勢いをとりもどす。新しい葉もどんどんと展開する。こうして越冬したロゼット葉に混って,二葉をもった子葉が点々とあちこちに顔を出していることに気づく。どうやらハマダイコンの種子からの発芽は,秋口に一度大きなピークがあり,春にもわずかながら発芽して,冬期間に失われた個体の補充をはかっているらしい。 4月に入ると,越冬型でたくさんのロゼット葉をもった植物も,春発芽型のロゼット葉をほとんどもたない植物も,一斉に花茎の伸長をはじめる。茎の上部は少くとも数回大きく枝分れして,さらにたくさんの小枝を分岐して,その先端に無数の花芽をつける。開花は一個体の中でも1か月近くにわたり,だらだらと咲き続ける。開花期は地方によってかなり異なるが,本州中部では4月下旬から5月下旬頃まで続く。
